放置しない・無関心にならない

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摂食障害の治療


放置しない・無関心にならない


私の言う放置とは、摂食障害で苦しんでいたり、困っていたり、問題行動を繰り返す子どもに対して「何も口にしない(コミュニケーションをとらない)」「何も行動にうつさない」「真剣に考えない」ということです。
摂食障害も問題行動も、一種の自己主張である場合が多くあると思います。
必ずその行動の影には何かの訴え、何らかの苦しみが影を潜めているものだと思います。
目の前で苦しんでいる子どもがいたら、親ならば心配し、声をかけ、どうにかしようとするのが当然のように思えますが、摂食障害となるとそうはいかないこともあると思うのです。
食べる・食べないが問題になると、それは本人の勝手のように思えますから、「親としてはどうしようもない」とさじを投げてしまう人もいるかもしれません。
「病院へ行くなら自分で行ってきなさい」という風に、治療についても本人に任せっぱなしということもあると思います。

私は母が、私が明らかに摂食障害であるにもかかわらず、摂食障害について知ろうともしない(それについての本を読んだり、病院の先生と深くかかわろうとすること)をまったくしてくれなかったことが、本当に嫌で嫌でしかたありませんでした。
母からは「本気で治療しなくてはいけない」という姿勢が、まったく感じられませんでした。
それどころか、何もかも私に任せる態度が、「どうにかして自分で治しなさい」と思っているようにしか見えず、「結局母は、私が中学生の頃から私に頼ってばっかりなんだ」「私を大人だと思っているんだ」と思いました。
治療するのは自分自身であって母ではないということは重々分かってはいたのですが、結局のところ、私は母親に助けてほしかったのです。
私は病院にも、他の誰にも助けを求めてはいませんでした。
私は母に助けてもらいたかったのです。
私は母に愛されていて、母から庇護(弱い立場のものをかばって守ること。)される対象だということを確認したかったのです。
なのに、母が本気になっていない姿は、私をますます孤独に追い詰め、その思いは母への憎悪と変わりました。
私は、ついには「母は私が死ななければ何も分かってはくれないのか」と思うようにさえなっていったのです。
この例は、私個人のことなので、みんなに当てはまるわけではないのですが、「無関心」「放置」状態が、本人の安心を生むとは思えません。
過干渉もいけませんが、親が子を心配し、愛しているということをぜひ「言葉」と「行動」で示してほしいと思います。
「言わなくても分かる」なんて通用しません。
「言葉」で示すことが、とてもとても大切だと私は思います。




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