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10/21/パンダさん(38歳)/克服体験談


名前 年齢 住所 性別
パンダさん 38歳 海外 女性
克服までにかかった期間 通院歴 飲んでいたお薬
10年〜14年 プロザック?
過去に経験した症状
過食症、過食嘔吐、うつ状態、自傷行為、その他

 摂食障害になったきっかけや、治るまでの経緯を教えてください。

幼い頃より父の母に対するDV、カッとなると包丁を振り回す父のもと、いつも泣いている母を喜ばせたい一心で、学業、家事等一生懸命するようになる。
それがエスカレートして、テストで100点を取らなければ、一番にならなければという自分で自分にプレッシャーを与え、中学生の頃より過敏性大腸症候群に。
19歳の春、どうしてもキレイに痩せられない自分に嫌気がさし、食べたものを指をつっこんで吐くように。
どうせ吐くのだったらと菓子パンやインスタント食品、高カロリー食品を大量に食べては吐く、過食嘔吐を(学生〜社会人、妊娠、出産後)続ける。
産後は過去のトラウマから、重い産後ウツで、リストカット。
薬の服用とカウンセリングを受ける。

 辛い時に支えになってくれた人や、支えになった本、言葉などはありますか?

1.”それでも吐き続けた私”冨田 香里 著

2.サイトhttp://www.iff.co.jp/

3.西尾和美さんのアファメーション
http://www.iff.co.jp/cgi/affirmation/index.shtml

4.虹の村診療所(長野県安曇野市)等々

 ご家族との関係はどうでしたか?悩みなどはありましたか?

とにかく父が怖かった。
ちょっとしたことで気に入らないことがあったりしてキレた時(お酒は全く飲まない人なので、素面の状態で)暴れ始めたら、家族の誰かが(主に母が)血を流す状態だった。
愛人もいたり、モラル的に全然尊敬できるタイプではなかったけれど、殴られたことのなかった私は、いい娘でいたいがために、彼に気にいられるようにがんばっていた。

そんな父と経済的な理由で離婚できないでいた母。
そのような両親のもとで育った私が、産後を機にどうやって、子供を愛していいのか完全に見失ってしまい自傷行為をすることによって、まわりの人に助けを求めるしかなかった。

 摂食障害を克服するために大切なことって、何だと思いますか?

摂食障害は治療がかならず必要な症状だと思う。
信じられる先生に出逢うまであきらめず、カウンセリング等を通じて自分のココロの本当の声を聞いてほしい。
抑圧していた気持ちを、食べること、吐くことによって表現するのは本当にツライことだから。
それを15年ほど続けた私の歯もカラダもココロもボロボロになってしまったから。

今、過食嘔吐に苦しむ人は、まだ遅くない。
吐かなくてもいい自分にきっと出会えるから。

 苦しんでいたころの自分に、今メッセージが届けられるとしたら、何と伝えたいですか?

”吐く”という行為によって、ストレスを解消しようとしていた自分の方法は間違っていたかもしれない。
でもその経験があるから、こういうサイトにもたどり着けたり、同じ悩みを持った人ともつながることができた。
人生ムダなことなんて何もないんだ。
自分の辛かった経験が誰かのためになれるよう、私から手を伸ばしてみよう。

 これからの目標や、今頑張っていること、楽しいと感じることを教えてください。

過去に経験した症状:過敏性大腸症候群、対人恐怖症、強迫症、過食嘔吐、ひきこもり、ニート、産後ウツ、自傷行為 等々 自分の経験を信じられる人達にカミングアウトしたり、ココロにもっと耳を傾けられる自分になっていきたい。

 摂食障害が治ってみて気付いたことって、何かありますか?

過食に費やした膨大なお金、吐しゃ物を便器にながした水道料、たくさん流した涙がすべてムダなことではなかった。
嘔吐した時いつでも感じていた”心臓に負担がかかって、このままトイレで死ぬのかな?”と。
でもあの時死ななくてよかったと今では思う。




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