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03/08/KANAさん(21歳)/克服体験談

名前 年齢 住所 性別
KANAさん 21歳 中国地方 女性
克服までにかかった期間 通院歴 飲んでいたお薬
2年 ガスモチン
過去に経験した症状
過食症、拒食症、過度の運動、うつ状態
ブログ
http://ameblo.jp/toichan-penutself/

 摂食障害になったきっかけや、治るまでの経緯を教えてください。

高校2年生の時に、バーベキュー後体調が悪くなり食が進まない数日間がありました。
ちょうどそのころ友人関係にストレスを感じていたことも重なり、少しずつ食べることが嫌になっていきました。それが5月の時でした。

高校入学まで新体操をしていたため、体型は身長153cm、体重○kg〜○kgで筋肉も程よくあり、私はダイエットをするつもりではありませんでした。

ですが6月7月につれ、ストレスも増え、食はどんどん減り、運動はしっかりして…この時には減っていく体重が嬉しくなっていました。
自分は痩せる必要はないと頭で何度も思い直しても、体重が増えることが許せなくなっていました。この時の体重は○kgでした。
自分で「拒食症かもしれない」と思いながら、他人から「拒食症なんじゃない?」と言われると否定ばかりして、母親も「食べなさい」と「拒食症だよ」と言われても否定し続けました。
母親は汗もかかない私に「汗をかいて運動したらお腹もすくから」とジムに一緒に通ったりもしましたが、私は運動して体重を減らすことしか考えていませんでした。

8月に入り、高校も夏休みに入れば他人から何も言われない安心感でさらに拒食は加速していきました。
母親も平日は仕事だから昼ご飯を食べてなくてもばれないだろう。
メールで「食べたよ」と何度も送っていました。
でも母親のいる日は何かしら口にしなくては…何なら食べられるだろう、一日中、食べ物のことが頭を占領していました。
朝食は両親が起きてくる前に、食パン(一斤)をこれでもかというくらい薄く切って(厚さ0.5cm以下)食べていました。
この時期の1日のカロリーは合計しても300kcalあるかないかくらいでした。
毎日食べたことへの罪悪感で泣いたり、食べたくなくて泣いたり、体重が増えたことで泣いたりしていました。
体重は○kg、ついに母親に内科に連れていかれました。

もちろん「拒食症」と判断され、「即入院」だと言われました。
私は入院してもすぐに治らない、といろんな本で拒食症と何年も闘っている方たちの話を知っていたから、入院なんてしたら学校に通えないじゃないか、と。そして1週間後には修学旅行もあった。医者は反対し続けましたが、私は自分が病人だと思いたくなかったですし、他人にも病人だと思われたくもありませんでした。
そして医者や母親の意見を拒み、定期的な通院そして学校にも普通に通うことにさせてもらいました。

修学旅行中の食事は地獄でした。
事前に友人2人には拒食症だということを伝えフォローをしてもらいましたが、人目を気にしながら少しだけ食べました。
今まで毎日、一日に何度も体重計に乗っていたので、修学旅行中は体重が気になって仕方ありませんでした。

9月に入り学校も始まってから、ついに体重は○kgをきり、どんどん減っていきました。
そして内科から紹介された心療内科の先生のもとへカウンセリングとして毎週30分ほどお話しをしに行くようになりました。
もちろん初回の日は「なんで私がカウンセリングに通わないといけないの?」と嫌でほとんど何も喋りませんでした。

私は家政科に通っているため、毎週調理実習がありました。
茶道部にも入っていました。
すべてが苦だったことに対して心療内科の先生はこう言いました。
「今は無理なことはしなくていい。調理実習も休んでいいし、茶道部も休んでいい。学校でお弁当を無理に食べなくてもいい。自分のペースでいこうね」と。

私は10月から1か月間学校にお弁当を持っていきませんでした。
一緒に食べていた友人6人中、直接事情を知っているのは2人だけでしたが、ほかの4人は何も言わず、ただただ普通に接してくれました。
調理実習中は保健室で勉強、部活は休部。
とにかく自分が学校生活で苦であったことを排除しました。

10月の下旬頃、自分で「限界」を感じました。
体重が○kg、体脂肪5%以下の体で毎日自転車を漕いで通学、そして体育も普通に受けていた私の体が「助けて」と言っているように悲鳴を上げていました。
初めて「食べなくちゃ、私死んじゃう」と思いました。
ですが、もう遅くて、体が食べ物を受け付けようとしない状態。
食べなくてはと思っても食べたくない思いが強くて矛盾と葛藤の毎日が始まりました。

私は大のスヌーピー好きだったこともあり、母がこう言いました。
「1人前食べられるようになったらUSJに泊まりで行こう」と。
今が限界、きっと今が回復へ向かうスタートだろうと、私は分厚い和食の料理本を買ってもらいました。
そしてカロリーの低い料理を目安に自分が食べたいと思う料理に付箋紙をどんどん貼り付け、毎日母とキッチンに立ち料理を始めました。
自分が食べれる分だけ食べる。

11月に入り、久しぶりにお弁当を作って学校に行きました。
友人たちはお弁当を残さず食べたことを褒めてくれました。
母の目標は年内で○kgまで回復でした。
増えていく体重に気持ちがついていかずに泣いてしまう日も何度もありました。
ですがほぼ1人前食べられるまで回復し、USJに旅行にも行き、少しだけ心が軽くなりました。

もの凄いスピードで回復を目指してしまい、高校2年生が終わるころには○kgまで戻りました。
でも、拒食症になる前と同じ○kgとは全然違う…増えたのは脂肪で筋肉ではないため、思っていた体型には戻らなかった、それが悲しくて泣いてしまいました。
そして過食に入り、高校卒業時には○kgまで増えてしまいました。

心療内科自体は高校3年生になったと同時に通院は終わりました。
ちょうど拒食症克服と同じ時期でした。
そのあとの過食に関しては、狂いそうになるほど自分を受け入れることができませんでしたが、高校でさまざまな役員や代表を任せられるようになりその忙しさで過食は突然止まりました。

拒食症克服は1年、その後の過食の傾向が全く見られなくなるまでの約9か月の計1年9か月ほどで摂食障害を克服しました。

症状や精神面での克服はそうですが、私はその後大学に入り、フィットネスジムのバイトと週1のエアロビクス、大学までの片道50分の自転車、家でのフィットネスなどを行い、大学2年の夏、体重○kg、体脂肪○%の体型を作り出しました。
私にとってここが本当の克服だと思っています。

 辛い時に支えになってくれた人や、支えになった本、言葉などはありますか?

長い長いトンネルを「二人三脚」で歩いてくれた母親。
「和のおかず」という料理本。

 ご家族との関係はどうでしたか?悩みなどはありましたか?

父親はあえて私に何も言いませんでした。
ですが、ずっと「自殺するんじゃないだろうか」「このまま死ぬんじゃないだろうか」と不安で仕方がなかったと克服後、話してくれました。

また私は食べることから逃げて、ずっと勉強ばかりしていたため、学校の成績はずっと上位でした。
母親は「勉強で一番をとれなくてもいい。ただただ食べて元気でいてくれればいい」と何度も言ってくれましたが、私は勉強でも一番から落ちたくないという気持ちが強くなり、その気持ちも尊重してくれました。
とにかく頑張ったことを認めてくれる家族だったので関係は良好だったと思います。

 克服するために取組んだこと、心がけたこと、頑張ったことがあれば教えてください

とにかく毎日泣いていたり、食べ物のことばかり考えていたので、うつ病防止のために「フェルト羊毛」で大好きなスヌーピーや仲間達を作るようにしました。
フェルト羊毛は意外に時間もかかり、集中して作るため、嫌なことや辛いことがあったらフェルト羊毛で気分転換をするように心がけました。

素直に泣いたり、気持ちを母親に伝えたりすることで自分を見つめ、大丈夫大丈夫と言い聞かせていました。

 摂食障害を克服するために大切なことって、何だと思いますか?

自分自身が「治りたい」と思う気持ち。自分を認めることも大切だと思いました。私は○kgの私も○kgの私も嫌いではありませんでした。
どちらの私も頑張ってきた私だと思いませんか?
○kgだった時、よくここまで頑張って制限してきたね、と自分を認めましたし、○kgだった時も自分を助けようと思って頑張りすぎちゃったんだねと認めました。
その気持ちも大切だと私は思います。

また、周りの支えが私にとって大きかったです。
友人も学校の先生も家族も、私の意見を尊重してくれてフォローしてくださいました。
いろんな人に「私、克服するから」と宣言したことで「もう拒食に戻れないよ」と自分自身の背中を押していました。

 苦しんでいたころの自分に、今メッセージが届けられるとしたら、何と伝えたいですか?

あの時、何度も「生きる意味あるのかな」と思ってたよね。
明日が見えなくて「死にたいけど死にたくない」って何度も泣いていたよね。
いつ死んでもおかしくない状態で毎日泣いてばかりいたけど、生きることを選んでくれてありがとう。
限界を感じて克服してくれたから、私は今とっても生き生きと夢に向かって歩いていくことが出来ています。

どれだけ辛いことがあっても幸せだと感じます。
それはあの時のどん底を経験したからこそ感じられる幸せです。

あの時の私がいたから、今の自分がいる。
摂食障害になっていなかったら今の私は全く存在していません。
それくらい今の私は自分が想像していなかった自分になりました。
ありがとう。頑張ってくれてありがとう。
あの時の私が残してくれた命を大切にします。

 これからの目標や、今頑張っていること、楽しいと感じることを教えてください。

友達とご飯に行けること、「これが食べたい」「お腹空いた」と素直に言えることってとても楽しいです。

私が今、追っている夢はあの時の私が原点になります。
摂食障害を克服したことは何よりも自分のパワーになっています。

 摂食障害が治ってみて気付いたことって、何かありますか?

何度でも自分は変えられると感じるようになりました。
痩せる時もあれば太る時もある。
すぐには痩せない、すぐには太らない。
0.1、0.2という数字が当時は許せなかったけれど、今の私にとって0.1、0.2という数字を気に留めなくなりました。

2013年

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