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12/23/ケイトさん(31歳)/過食・拒食症

名前 年齢 摂食障害歴 性別
ケイトさん 31歳 8年 女性
職業 暮らし方 通院(服薬)
主婦 家族と 通院中
(デパス マイスリー サイレース)
今の状態
過食、拒食、下剤乱用、自傷行為

 家族との関係や、家族への想いを教えてください

当時、付き合っていた彼氏(現夫)との関係に退屈を感じ、
別れを切り出そうとしていたところに妊娠が判明。
そのまま入籍して一年が過ぎた。

妊娠中は食べづわりもあっただろうが、ドカ食い後の浄化行為(下剤や過活動)もお腹の子の存在のためにできず、最終的に20キロも増えた。
妊婦姿の自分が醜く見えて、お腹が大きくなっていくことも、我が子の成長として喜ぶことができなかったばかりか、何で私のとこに来たの、と泣きながらお腹を殴ったりした。
産まれる前から母親に叩かれるなんて…
殴るたびに感じた激しい胎動は、一生忘れないし、忘れてはならない。

変な話、妊娠を知った時点で、この子は男児に違いないという確信があった。
もしも女の子だったら…産んでいたかどうか、わからない。
いずれ成長し、自身の生き写しみたいな姿で、私が反抗したように、生意気な事言い出すようになったらと思うと、
共に生きていく自信はなかった。
自分だけで精一杯。もう十分だと思った。

出産後のエピソード…
出産で一気に6キロぐらい落ちたから、その勢いで減量して元に戻るつもりだった。
産院の食事は、基本的に豪華だ。
でも私は、産院の食事には滅多に食べなかった。
他の人が食べ終わる時間を見計らって、ビニール袋にいれてゴミ箱に捨てていた。
お祝い膳さえも。
お祝い膳はサーロインステーキだった。それを私は食べずに捨てた。

退院後も、母乳育児だったのに、私はダイエットをやめなかった。
昔飲んでいた、個人輸入で手に入れた危険な薬を飲みながら、平気で母乳を与えた。
赤ん坊なんて、そこまでデリケートな生き物じゃないでしょ、とか考えていた。

そんな毒入りの母乳でも、幸い息子は今のところ、元気に成長している。
今は、離乳食で私がつまづいている。普通が分からない。
離乳食用のスプーンで食べ物を息子の口に運ぶたび、私自身が、これと似たような感じで、嫌いな食べ物を無理矢理口に押し込まれたという、ものごころさえついてない幼い頃の食卓を、思い出してしまうのだ。

私ひとりならば、平気で一食や二食抜かすことができる。
毎日毎日、朝昼晩、トラウマと向き合わなければならない日々に、疲れた。

 摂食障害になったきっかけや、これまでの経緯を教えてください

自分では記憶にないのだが、母から聞いた話によると、5才の時に食事を全く受け付けなくなり、しばらく入院した事がある。
医者からは、「母親の愛情不足」をほのめかす事を言われ、当時すでにベテランの保育士だった彼女のプライドは傷ついたそうだ。
結局、祈祷師のうわさを聞きつけた母が、藁にもすがる思いで私のパジャマを持参し祈ってもらったところ、翌日の朝から何事もなかったように朝食を食べ始めたそうだ。
母はお祈りwのおかげだと未だに言うが、私は医者の見解の方がただしいと思う。
メンタルのダメージが即、食行動につながるのは、私が持って生まれたもので、誰のせいでもないのだと思うけど。

私が生まれ育った家庭環境は、両親、兄、父方の祖父の5人暮らし。
そのころ母は同居していた舅を何故かものすごく嫌っており、家には常に緊張感が漂っていた。
母は舅が嫌いかもしれないが、私にとっては大好きなおじいちゃんだったのに、
ある日、母が不在の時に、祖父の部屋で祖父と遊んでもらっていたら、思いがけず早く帰宅した母に見つかり「早くこっち来なさい!この部屋(祖父の部屋)には入っちゃダメって言ってるでしょ!?」と、血相を変えて怒鳴られた事がある。
祖父は私が高校生のころ、交通事故で他界するまで、ひとつ屋根の下に暮らしていた。
私は小学生になり、中学生になり、高校生になり、そして敬老の日が来るたびに、祖父に対してかわいい孫として、優しく接したかった。
でも母が嫌っている人間だから、私も空気を読んで、祖父の存在を無視するしかなかった。

それでも、毎日の食卓は、家族皆で囲んだ。
母が祖父の茶碗にご飯をよそう時の、あからさまな粗雑なしぐさ、そして茶碗を祖父の前に乱暴に置く光景も、もはや毎回毎食、当たり前だった。
でも私はそのたびに心が痛んだ。
今なら、長男の嫁として舅と同居する母のストレス、しかもフルタイムで保育士として働きながらの嫁の務めの苦労も、何となく察することができる。
でも、子どもだった私の目に映る祖父は、仲間外れにされているかわいそうな人だった。

そういう環境で育ってきた私が、初めて自分の意思でダイエットを行い、摂食障害に発展したのは、22歳の時だった。
今は解散してしまっているが、当時私はとあるロックバンドのファンだった。
そのバンドのボーカルだっただろうか、別のバンドのボーカルだっただろうか、肝心な事を覚えていないのだが、
「身長マイナス体重が120以下の人間にロックをやる資格はない」という発言を、何かで読んだ。
そこで私は、彼らだって自分らのファンを名乗る女の子は、痩せててキレイなほうが嬉しいに違いないという発想にいたった。

私は身長も体重もふくめ、全身のバランスがいいことを常に同性に羨ましがられて生きてきたから、ダイエットとは無縁のまま、高校、短大時代を過ごしてきた。
少ないお小遣いはCDや本、化粧品にあててきたから、お菓子を食べる習慣もなかった。
それでも、身長マイナス体重を120にするには、数キロ落とす必要があった。

そこで当時流行っていた、アトキンスダイエットを始めた。
炭水化物以外なら何を食べてもいいというところにそそられた。
チーズたっぷりのオムレツや、ラカントで甘く味付けした生クリームを泡立てて、そのまま食べたり、よくしていた。

その頃からだった。
いつも特別食べたいなんて思わなかった甘いものへの欲求がわくようになった。
そこで私は、一ヶ月後のクリスマスイブ限定で、その日だけ解禁日にしようと考えついた。
忘れもしない。食べたいものリストを手に、この地方ではめずらしく雪の積もった12月23日、私はあちこちはしごして、ケーキ、アイスクリーム、その他お菓子を山ほど買い出しに出た。
実家住まいだったので、買ってきたものが家族にバレないように、あらかじめ二階の自室にクーラーボックスを持ち込むという周到ぶり。
明日になるのが楽しみすぎて、その晩はよく眠れなかった。
そして、日付が変わった途端、ひとりパーティーが始まった。
ただ、予定外に、最初に手をつけたまるごとバナナ一個でお腹がいっぱいになってしまった。
だけど、解禁日は今日一日だけ。
私は無理矢理、クーラーボックスいっぱいの食べ物を詰め込んだ。

今でも思うのだけど、解禁日は本当に、一日が終わるのが速い。
その日一日だけで終わるつもりだったのが、もう自分の意思では止められなくなって、私は過食に転じた。
和菓子なんか嫌いだったのに、羊羮一本たいらげても、足りない。
当時私は小さな事務所で事務員をしていた。
事務所に一人になる時間も少なくなかった。
出入りの業者が、年始のあいさつに皆さんで、と、ロールケーキの詰め合わせを持ってきた時、事務所には私以外誰もいなかった。
あいさつといっても、あまり取引のない業者だったし、私はその大きな箱を自分のデスクにしまった。
そして窓口に「只今不在です」の看板をかけて、私はそのロールケーキをトイレに持ち込み、一気に詰め込んだ。

そして、3月。
ある日、すれ違った男性社員に、「あれ?何か太った?」と声をかけられた。
11月に始めたダイエット。解禁日の一件以来、怖くて体重計に乗れなかったけど、勇気を出して測って愕然とした。
ダイエット前より15キロも増えていたから。

以来私は万年ダイエッターになってしまった。
痩せると聞けば何でも飛び付いた。
食欲を抑える波の音のサブリミナルCDや、当時はまだ規制されてなかったエフェドリン等。

今思えば貴重な20代の時期に、私は短期間で十キロ単位で増減を繰り返した。
でも逆に、ダイエット以外の何に夢中になれたんだろうか、とも思う。
何だかんだ言って、過食期の買い出しは、毎回楽しかったもの。
独身実家パラサイトで、給料全部自由に遣えたから。

 学校や職場での悩み、人間関係での悩みを教えてください

仕事をしていた時は、昼休みがすごく憂鬱だった。
周りの人に、たったそれだけ?って毎回監視されてるみたいで。
会食恐怖まではいかないけど、独りじゃないと落ち着いて食べる事ができない。
大勢で飲み食いしたぶんのカロリーがもったいないっていうか…
同じカロリーなら、独りで食べた方がずっとよかったって感じる。

 自分はどんな性格だと思いますか?

好きで殻に閉じ籠ってる。
独り行動が恥ずかしいとか寂しいとか思わない。
意外に自分のことは大好きで自信があるのかなw

 安らぎや喜びを感じるとき、自分らしくいられるのは、どんなとき?

独りでいる時。
TVの音もない静かな部屋で、好きなものをゆっくり飲食する事。
あと、ひたすら眠っていたい。
横になる、じゃなくて、完全に意識喪失していたい。

あと、拒食期には盗癖もあった。
主にコスメを、盗むために外出していた。
今日はどこに盗りに行こうかな、って。
捕まった事がないけど、捕まってもやめられそうにない。
働いてお金を稼いで買うより、バレずに盗んでくるほうが難しい事だから、盗んだものの方が大事に使おうって気持ちになる。

 症状克服のために、何かしていることや心がけていることはありますか?

もう克服しようとは考えてない。
人には言えない趣味ってかんじで、一生付き合っていくつもり。
最近は、嘔吐にチャレンジしようとしている。
嘔吐恐怖だから、難しい。

 今までの辛かったこと、今困っていること等、あなたの想いや体験談を書いてください。

自分の未来が設計できない。
子供が嫌いだったから、まさか母親になるとは考えた事なかったから。
もう特に夢とかないし、出産で私の役割は十分果たしたつもりでいる。
早い話が、もう生きていくことに飽きた。
このサイト見つけたことは嬉しいことだった。
もう隠してる事、何もなくなっちゃったから。

2014年

 12/30/あかりさん
 12/27/のりさん
 12/23/ケイトさん
 12/11/ひまこさん
 12/09/りんちゃさん
 12/08/望さん
 12/04/ぺこさん
 11/27/はなこさん
 11/23/真冬さん
 11/20/ナナさん
 11/17/れいかさん
 11/14/ささもんさん
 11/01/はさをさん
 10/30/紅葉さん
 10/18/らまお。さん
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 10/12/えりさん
 10/10/あやかさん
 10/05/りりーさん
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 08/13/ちゃまさん
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 01/21/真木さん
 01/16/てふさん


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