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11/01/はさをさん(23歳)/克服体験談

名前 年齢 住所 性別
はさをさん 23歳 近畿 女性
克服までにかかった期間 通院歴 飲んでいたお薬
7年 名称不明
過去に経験した症状
拒食症

 摂食障害になったきっかけや、治るまでの経緯を教えてください。

とにかく母が好きでしかたなかった。
発症当時(小学4年)は、両親の喧嘩が絶えず、姉は非行に走り、妹は重度のアトピーで、手のかからない私は母にあまりかまってもらえなかった。
発症の少し前、ある病気を疑われ検査入院をしたとき、母が心配してくれたことが嬉しく、病気になれば母にかまってもらえるんだと思った記憶がある。

また、母は昔から食べ物へのこだわりが強く、食べることは良くないというようなところがあった。
母の言うこと絶対だったし、私は母の好きな子でいたかったから、どんどん食べなくなった。

小学5年から中学3年まで、入退院を繰り返し、計3年分は病院にいた。
その間、入院していない期間も、ほぼ、学校には行っていない。
治療は、点滴(IVH)などの身体的な部分ばかりで、メンタル的な治療はほぼなかった。
入院しても、ほぼ改善なく、体重も維持するだけで増えることはなかった。
家に帰れば、食べろとうるさく言われるし、両親の口論を聞きたくなかったので、退院したいと思わなかったことも一因かもしれない。

両親が諦めて、自宅療養するようになってから少し経って、父が単身赴任することになった。
それから、徐々に食べれるようになってきた気がする。
発症初期から両親の不仲が病気の一因と言われていた。

高校に入学してから、食べられるものは偏っていたが、食べる量は徐々に増えた。
今は食に対する多少のこだわりや、嫌なことがあったとき等いっぱい食べてしまうことがあるが、普通の人のレベルだと思う。

 辛い時に支えになってくれた人や、支えになった本、言葉などはありますか?

中学校はほぼ行けなかったが、中学2〜3年の担任が入院先に毎日通ってくれた。
当時は、それが本当に楽しみだった。
高校進学できたのも先生のおかげで感謝している。

 ご家族との関係はどうでしたか?悩みなどはありましたか?

母のせいで拒食症になったという気持ちが強かったため、母にあたることがよくあった。
発症してからは、ほぼ母を独り占めできたが、食べる食べないでもめることも多く、しんどかった。
治ってからは関係は良くなったが、いまだに精神的な部分で母に依存している。

妹には、カロリーの高いものを食べさせようとしたり、母が妹をかまうと怒ったり、今思えば最低なことをして申し訳なかった。

父は私の病気に関与することはなかった。
昔から、父のとの会話がなく、今も接し方が分からない。

 摂食障害を克服するために大切なことって、何だと思いますか?

原因を取り除くこと。
少しずつこだわりを捨てていくこと。
変わらなければ、という意識をもつこと。

 苦しんでいたころの自分に、今メッセージが届けられるとしたら、何と伝えたいですか?

こだわりを捨てて、もっも自由に生きろと言いたい。
なぜ、あんなに縛られていたんだろうと思う。

あの頃は、今しか考えられなかったが、未来のことを考えてと言いたい。
成長期ど真ん中に病気だったため、背も低く、生理もない。
また、大学まで行けたものの、あの頃学校に行けていれば、もっと良い人生になっていたと思う。

まあ、今になれば思えることで、当時はどうしようもなかった。

 これからの目標や、今頑張っていること、楽しいと感じることを教えてください。

登山。
目標に向かって頑張っているときが一番楽しいと感じるので。

 摂食障害が治ってみて気付いたことって、何かありますか?

治っていく過程で、性格が変わった。
発症前と当時は完璧主義で、こだわりが強かった。
しかし、明るく、友達も多く、人と関わるのが好きだった。

治ってからは、おおらかでいいかげんになり、片付けられなくなった。
人と関わるのが苦手になり、人見知り、友達も数少なくなった。
そして、前より自己中心的な性格になった気がする。

拒食症にならなければ、そのままの性格だったのだろうか?





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