葛藤と孤独

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母への葛藤と孤独 @




大学生になったころからずっと一人暮らしをしていた私は、久々に家族と住むという環境になりました。
私は、「母がそばにいてくれたら、きっと安定していられる。」「家で好き放題できないのだから、過食もきっと減るはずだ。」そう思って、新しい生活をスタートしました。

ですが、安定していたのもほんのわずかな期間でした。
妹が就職のために実家を離れ、家には私と母だけになった頃から、私の状態はひどいものになり、母とも最悪の関係になっていってしまったのです。

一人暮らしのときのように、食料を買い込んで自宅で過食できなくなった私は、会社の生き帰りにコンビニで大量に食料を買い込み、その辺のトイレで過食するようになりました。
仕事中も過食を我慢できずに、コンビニに走りこむことも多くなりました。

そんな日は帰宅後のイライラがとてもひどく、母にあたることがとても多くなっていきました。
一人暮らしのときは電話越しでぶつけていたイライラが、今は直接母に対してぶつけられます。
私は、いけないと分かっていながら母に対してとても感情的に接してしまっていました。
仕事のストレスや、友達のいない寂しさ、過食や自分の体への嫌悪感が常に付きまとう毎日に、私はどこへ自分のはけ口をもっていったらいいのか分からず、身近にいる母に対してひどくあたってしまっていました。

そんな私に、母はだんだん話しかけなくなっていきました。
私と母は、家でほとんど話さなくなり、目を合わせることもなくなっていきました。
私が、母に話しかけられてもほとんどろくに返事をしなくなってしまったせいでもあります。
ですが、私は母が私を疎ましく思っているように感じられて、どんどん嫌われていっているように感じられて仕方ありませんでした。
久々に私と生活してみたら、母の予想以上に私の状態がひどいものだから、母は私に絶望してしまったのではないか…。
せっかく休職したのに、また状態が元通りになってしまって、やっぱりダメな人間だと思われたんじゃないか…。
やっぱり私と同居しなければよかったと思ってるんじゃないか…。
私なんか、いなければよかったと思っているんじゃないか…。
私はどうしようもない不安と孤独感に押しつぶされそうでした。

過食はますますひどくなり、家のものを破壊するようになっていきました。
私は自分の部屋のカーテンを切り裂き、クッションにカッターの刃をたて、私が大好きだったワンピースにはさみを入れました。
自傷行為もでてきました。
母と私の家は、荒れ果てていました。

この頃の社会人としての私も、ひどいものでした。会社には行くものの、疲れきった、荒れ果てた顔をして席に着いている私に話しかける人は、誰もが怪訝そうな顔をしていました。
正直、会社へ行くのはきつくてきつくて仕方なかったです。
ですが、私には一度休職をしてしまったことで、会社をこれ以上休めないという強迫的なほど強い思いがありました。
私が会社をこれ以上休んだら、もう戻ってくる場所はなくなってしまうような、そしてなぜかお金が今すぐにでも無くなってしまうかのような、すぐに路上生活者にでもなってしまうかのような、とてつもなく大きい不安感を抱えていました。
なので、「私は這ってでも会社に行かなければいけない」という、強迫観念にも似たものに動かされて、本当につかまっていなければ倒れてしまいそうな日でも会社へ通っていました。

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