休職

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休職




社会人になって極端なダイエットと過食を繰り返す毎日が何ヶ月も続き、泥沼にはまっていきました。
まるで、毎日ピンと張った糸の上を歩いているような、そんな危うい毎日を過ごしていました。
そんな毎日に、体力的にも、精神的にもどんどん疲れ果てていきました。
無気力で、何をしていても「死にたい」と思うようになりました。
突然イライラしたかと思えば、突然涙が出てきて叫びだしそうになったりしました。

会社はどんどん休みがちになりました。
週末は実家に帰って過ごすようにしましたが、パニック状態や破壊行為、母への言葉の暴力は相変わらずひどくて、母も困り果てていたと思います。
私の口から出てくる言葉は、「痩せたい」「もうだめだ」「死にたい」ばかり。
「もうどうしたらいいかわからない。」「どうしたらいいの?」と私は母に何度も問いかけ、助かるための言葉を求めていました。
何と言って欲しくて何度も何度も問いかけていたのか分かりません。
母もどう答えていいのか分からずに、いつも困っていました。
いつも悲しそうな顔で私を見ていました。

会社へは、どんどん行けなくなり、「体調が悪い」と言って、1週間以上会社を休んでいました。
その時は、1年先輩の人とペアで仕事を進めていました。
ですから、私が休んだ分先輩に負担がかかります。「とても迷惑をかけている」と、すごく罪悪感を感じ、「早く会社へ行かなきゃ」と、焦っていました。
気持ちばかりが焦って、会社を数日休んでも、まったく気が休まりませんでした。
会社を休むことで、逆に精神的に自分を追い込んでしまっていたように思います。

そんな様子を見て母は、とにかくきちんとした形で休職させてもらうのが一番良いのではないかと私にすすめました。
私はそれを始めは拒否していましたが、自分が最悪の状態にあることは重々分かっていました。
病院の先生とも相談し、迷いに迷った挙句、私は休職することにしました。

会社には、「摂食障害、躁うつ病」という病院の診断書を提出し、とりあえず1ヶ月の療養が必要だということで休職願いを申し出ました。
そのころの私の体調の悪さを知っていた会社の人は、休職を了承してくれました。
同僚や先輩たちも、私が大変な迷惑をかけているにもかかわらず、了承してくれたようでした。

私はその後、合計3度の休職をすることになりました。
1度目と2度目は自宅療養、3度目は入院のための休職でした。
1度目と2度目の休職の間に、私は一人暮らしをやめて実家から会社に通う決断をし、実家暮らしをはじめていました。
この実家暮らしの始まりが、私の摂食障害にとって、大きな転機を迎えることになりました。

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