見えてきた課題

摂食障害(過食症・拒食症)を生きて
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見えてきた課題



私の摂食障害は、無駄に長い体験談の通り、回復に向かいました。
「治ってきている!」という実感と共に、日常生活を「食」と「体重」だけに過剰に振り回されること無く楽しむことができるようになっていきました。

しかし!
実は、すぐにすべてHappy!になったわけではありませんでした。

摂食障害という長い長いトンネルを抜けてみると、そこで私は新たな課題に向き合うことになったのです。

摂食障害に苦しみもがいている間に、私は頭でっかちになりすぎていました。
頭の中でいろいろ考えすぎていて、それを人生というステージで上手に実践することもできず、周りの人との上手な付き合い方や、様々な問題を解決していく力が弱くなっていたのです。
摂食障害の前から、こういった要素はあったのだと思いますが、それがより一層強くなっていたと思います。

摂食障害一色で苦しんでいる最中は、こういった問題は見えませんでした。
「自分が苦しい」
「私は痩せたい」
という、自分の苦しみや自分の欲求にのみ振り回されて日常を送っていたころは、人付き合いが下手なのも「摂食障害のせい」自分が苦しいのも「摂食障害のせい」でした。
何かができないのも、毎日が楽しくないのも、人にやさしくできないのも、「私が悪いから」「私が摂食障害だから」「私がでぶだから」「私が痩せていないから」という理由に置き換わってしまっていました。

だから、摂食障害が治ってくると、様々な悩みや不安に直面するたびに、右往左往しました。
例えば、人付き合いに悩むと、
「あれ、人付き合いができない…過食してないし、摂食障害は治ってきてるし…どうして…」
と、すごく戸惑いました。
どうしたら人と上手に付き合えるのか分からず、苦しみ、そこから逃げるように過食をしてしまい、「やっぱり私はダメなんだ」と、摂食障害に逆戻りするようなことを自ら選びとり、本当の私の問題に向き合わないよううやむやにしたりしていました。

また、自分の本当の気持ちはどこにあるのかも、分からなくなってしまっていました。
長いこと、「周りの人のご機嫌とり」と「周囲の人に認められたい気持ち」を判断基準として、私は生きてきていました。
つまり、私は長いこと「摂食障害」と「周りの人」に人生のハンドルを握らせていたのです。

周りの人がこう思うだろうから、こうしよう。
周りの人に嫌われそうだから、あれはやめよう。
過食で苦しいから、こうしよう。
過食で苦しいから、これはできない。
痩せていないから、これはできない。

どこにも、私自身の魂は入っていませんでした。

だから、摂食障害から治ってきたころ、周りに人や食に振り回される自分を変えたいと思った時、「私は、これからどうやって生きていこう…」となってしまいました。
今まで人生のハンドルを握っていた「摂食障害」と「周りの人」がいなくなってしまったら、私は自分の気持ちが見えるかと思っていたら、一体どれが自分の本当の気持ちかすら分からなくなっていた…という感じでした。

このように私は、摂食障害が回復期に入ってからは、また別の自分自身の課題と向き合うこととなっていました。
大きく分けると、以下の3つでした。

 人との付き合い方。
顔色をうかがうのではなく、人を思いやり、相手の気持ちを想像し、気遣うこと。
「私が」「私が」ではなく、相手を優先させたり、相手のために妥協したり行動したり、相手のために自分を変化させたりすることができるようになること。

 悩みや問題への向き合い方。
過食や別のものに逃げるのではなく、上手に解決すること。
「私なんか」「私はダメ」の思考で、変化の可能性をゼロにしないこと。

 自分の本当の気持ちはどれなのか。
人の目線基準ではなく、本当に自分の魂が喜ぶことを選びとれるか。
人生のハンドルを自分で握ること。

これらの課題に気づき、そして自分を変えていった方法、今も続けていることについては、コラムやこちらの続編として徐々に書いていこうと思います。

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